音楽への想い



まずは、さまざまな情報を下さった皆さん、そしてご覧いただいた皆さんに感謝します。

良い音楽は自分で探す!

 私がたくさんCDを買ったりライブを見に行ったりするのは、自分の趣味に合う 音楽を探すためです。世間の流行を否定するわけではありませんが、はっきりとした 趣旨をもたない人たちに向けて“摺り込み効果”でヒット曲を生み出す現状には 嘆かわしいものがあります。「流行っているから」「カラオケで新しい曲を唄うと 優越感に浸れるから」「皆が『良い』と言っているから」そんな理由で音楽を 選択しないでもらいたいです。

 多くの人たちが集団の中での安定を求めているようなので、今後も 「漂流する音楽ファン」は消えないと思いますが、せめて視線だけはオリジナリティを 持って音楽を選択して欲しいものです。

 私の出発点は「流行している音楽はいつでも聴ける」ということでした。流行の 音楽は、街を歩いていても、ぼんやりテレビを眺めていても、無意識のうちに 比較的容易に聴くことができる音楽なのです。そんな音楽にエネルギーを費やす よりも、苦労しないと得られない、本当に自分の好きな音楽を求めるように なりました。

情報の共有

 応援しているアーティストは、マイナーであったりインディーズであったりします。 なのでなかなか情報は入ってきません。テレビや雑誌に情報が出ていたり、 頻繁に宣伝されているような人は滅多にいないのです。

 このページは貴重な情報を提供してくださる皆さんのご協力によって成り立って いるところがあります。この情報を安易に一般に告知してしまうことについて、 中には「苦労して手にいれた情報なのに、もったいない」と思う方もいらっしゃる かもしれません。また「自分だけで得すればいいのに」と思う方もいらっしゃる かもしれません。ところが違うのです。

 応援しているアーティストは、マイナーであったりインディーズであったりします。 つまり、いつ「もうやめる」と言われてもおかしくない状況なのです。現に多くの アーティストやバンドが活動を停止してしまう場面に遭遇しました。私の好きな アーティストと連絡が取れなくなり、好きなバンドが解散してしまうということは、 「良い音楽を聴きつづけたい」という欲望を損なうものです。だからこそ情報が 必要なのです。

 この“Give&Takeの精神”がわからない人は、サイトの情報の単なる消費者・ 一般大衆という位置付け考えています。何かムーブメントを起こそうとか、 アーティストを盛り上げよう、という意識が薄い人が該当すると考えています (ほとんどの人がそうだと思いますし、それが悪いわけではありません)。

 ここの掲示板やメールで情報を下さることは、とてもありがたいことと 思っています。しかし、同じ内容(新規情報の少ないもの)を何度ももらうのは 逆に迷惑だったりします。 盛り上がる気持ち、売りたい気持ちはわかりますが「ライブまであと○日」とか、 「CD発売まで△日」と毎日やられると悪い印象ばかりが残り、むしろ逆効果に なりかねません。インターネットの世界は、不都合を排除し美化した一方的な既存 媒体の広告と違い、意図しないところで良い影響も悪い影響もすぐに生み出され、 すぐに伝わることを理解しなければいけません。インターネットの利便性と 弊害を意識した宣伝方法を心掛けてください(業界関係者向けの意見)。

このサイトの存在意義

 このサイトを続けていくにあたり、何を目的としているのかを考えてみます。

 まずは、より多くの人に「世間には知られていないけれど、素晴らしい人たちが まだまだいる」ということをわかってもらう、という目的があります。 私の拙い文章がきっかけとなり、趣向に合ったアーティストを発見してもらえれば、 それだけでこのページの存在が有意義であったことになります。 ファンが増えることによってアーティスト生命が伸びるのであれば、これ以上の ことはありません。

 また、アーティストや業界関係者に「そのアーティストに注目している人がいる」 と気付いてもらう意味もあります。アーティストについてはアンケートなどで済む 場合もありますが、公開することに新たな意味が出てくると思っています。また、 最近感じるのは、業界の人たちが本当に自信を持ってアーティストを売っているのか? ということです。レコード会社や事務所など、仕事で利益を上げなければいけないの はわかりますが、ビジネスと割り切っている人が多くなっているように思います。 そういう人が担当になった場合、良い悪いの判断の前に売れるか売れないか、が 重要視されるでしょうから、自分の判断ではなく世間の評判をかなり気にすると 思うのです。Internetで検索することで、容易に世間の認知度や評判を知ることが できる今、何らかの影響を与えられたら嬉しいことです。もちろん、新人発掘の きっかけになるようでしたら、さらに喜ばしいことです。

 このサイトを訪れた方から、「ここの情報を元にライブに行ってきた」とか 「CDを買った」という返事を求めたいわけではありません(好き嫌いくらい 聞かせてもらえれば、場合によってはアーティストや楽曲を薦めたりもできますが…)。 もちろんそれらは、私の精神的な励みになるので歓迎します(笑)。 それよりも、訪れた方がライブスケジュールやCD店でアーティストの名前を 見かけた時に「どこかで聞いたことがある…」と思ってもらえれば、少なからず 意味のあることです。さらに、ライブに足を運んでみよう、 CDを買ってみようということになれば、アーティストに貢献できたことになり、 目的のひとつは達成できたと言えます。

 このサイトは、特定アーティストのポータルサイトになることを望んでいません。 それを望まない理由は、好きなアーティストが多すぎて、そこまで手が回らないと いう現実があります。私が独占しているようなイメージになるのも良くないですし、 アーティストを熱心に応援してくれる人が出てきて、ファンサイトを作るくらいの人が 現れてくれることを期待しています。アーティストの良いところを理解していて、 末長く(気まぐれでない)、積極的に(情報発信能力や、前述の消費者・一般大衆を まとめていく能力のある)、きっちり応援してくれる、信頼できる人が良いですね。 そういう人に先導役を移管していく方が、私が率先して応援するよりも、結果的に そのアーティストのためになると思っています。

 このサイトでは、“「このアーティストの応援はあの人に任せておけば安心だ」と 言える人”を探している、と言えなくもありません。応援を任せられない人が主導権を 握るとアーティストがどうなるか?…そういう状況を見たことがある人は少なからず いるでしょう。

 余談ですが、私のページは見栄えにはこだわっていません。一時期いろいろと やってみようとしたのですが、評判が悪そうだったので。それよりも軽いページの 方が喜んでもらえそうです。

ツアーのレポート

 Mailing Listやファンサイトなどで「ツアーが終了するまでレポートは 書かないで下さい」というところが多くあります。理由は「まだ見ていない人が、 内容を聞かされると興味が半減するから」らしいです。 私に言わせればチャンチャラおかしい話。そういう人は一体何を見にライブに 行くのでしょうね。  曲順を知りたいだけなのでしょうか。特別な演出をその場で知ってびっくり したいのでしょうか。 いずれにしても「ライブは毎回違う」ということがわかっていないとしか思えません。

 ほぼ同じ内容のライブを繰り返すアーティスト側にももちろん問題はありますが (毎回全く同じクオリティを保てるならば、それはそれで素晴らしいアーティスト であり、スタッフであると言えるかもしれません)、 フィルムコンサートじゃないのだからどこかしら違うはずです。 まして他の人が感じた印象と全く同じになるとは限りません。視点も違うはずです。

 「ツアーが終了するまで書かないで」という割に、ツアーが終了しても ライブレポートなど出ないことが多いのは気のせいでしょうか。

 極端な例として映画を題材にしてみましょう。ある映画が公開されたとします。 まだ観ていない人がいると思うので、ストーリーに触れることはできないと判断し、 詳しいことは書かない。自分の近くでの公開が終わったときでも、 他地域では公開前かもしれないので、詳しいことは書かない。 全ての地域で公開が終わっても、レンタルで借りてみるつもりの人がいるかも しれないので、詳しいことは書かない。一体いつになったら詳しいことを 書けるのでしょうね。ストーリーだけ追いかけているうちは、この問題は 解決しません。他にも観るべきところがあるはずです。

 Webのような形態は求める人に対してだけ情報が提供されるので、 「知りたくなければ見なければ良い」と堂々と言えます。 記憶の鮮明なうちに感想を書いておきたい、という意向なので、 知りたくない人は見ない方が良いと思います。

文章の書き方

 最近のレポートは、客観的な事実の部分と主観的な感想部分をなるべく分けるように 書いています。内容によっては記録的な情報のみのこともあります。学生時代から 感想文など文章を書くことを苦手としているので、読み物として面白いものには なっていないのが残念です。ライブの内容によっては、くだけた文章になったり 文学的な面を意識した文章だったりすることはありますが、もっと面白い文章が 書けたらと思いつつ、日々のレポートに追われる毎日です(^_^;)。

 文章を書く上で意識しているのは、なるべくたくさんの表現の引き出しを もちたいということです。あと、文体をそろえるとか、固有名詞の途中で改行しない とか(検索のしやすさなのですが、近頃はあまり意味がないのかも)。

 また、掲示板などで他の人の文章を読むと、その人の性格がそれなりにわかる ものです。句読点の打ち方ひとつにしても人それぞれです。気になることの ひとつとして、文頭、文末の表現の仕方があります。 否定的な文頭(「しかし〜」「でも〜」)、自信なさそうな文末(「〜でしょうか。」)、 否定的な文末(「〜ですが。」「〜ですけど。」)、 相手に同意を求める文末(「〜ですよね。」)など。適度にちりばめられているなら 気にならないものでも、これらの表現が続けて何度も出てくると、文章のイメージが 変わってくることがあります。もちろん、この表現は会話の中でも気付くもので、 心理学方面の本を読むと、いろいろ面白いことが書いてあったりします。

 このように他人の書いた文章を分析しながら読んでいるわけではないのですが、 ライブレポートと言いながらも音楽の内容にはほとんど触れず、 「かわいかった」「きれいだった」ばかり書いてある文章を読むと、 「やっぱりこの人は単なるスケベオヤジだったか…」と改めて思ってしまいます。

 ということで、人格を疑われないような、バランス良い文章を書きたいと 考えています。良い文章を書くためにも、もっとたくさん本を読まないと…とは 思っているのですが、音楽聴いている時間の方がはるかに長い毎日です。

音楽は楽しむもの

 音楽の楽しみ方は人それぞれあって当然です。一緒に唄う人もいれば踊る人も いるし、ひたすら手を叩いている人もいれば目を閉じて聴いている人もいる。 どういう楽しみ方であっても、他の人の迷惑にならないようにしてもらいたい ものです。

 「見ず知らずの隣の客の唄を聴きに来たのではありません」 「汗くさいから近寄らないで」「貧乏揺すりはやめて!」 「リズム感は大丈夫?」「寝てるの?」と言いたくなることがあります。 あと、無粋な掛け声をかける人。ひたすら悲鳴をあげている人。 隣の人と話ばかりしていて、全然聴いていない人。 ホールコンサートにありがちな、始まると立たないといけないと思っている人。 アンコールをしなければいけないと思っている人。 初心者にありがちな、雰囲気に酔って内容まで良かったと感じてしまう人。 プラチナチケットになるとなおさらですが、観光旅行の記念写真的な証拠作り、 記録作りに重点を置いていて、内容そっちのけで「参加することに意義がある」 と言わんばかりの、その場にいたことをステータスと感じる人。 …まぁ、好きなように楽しめばいいんですけどね。

 途中で会場から出ていく人は結構目立つのですが、 いろいろ事情があるのでしょうから仕方が無いでしょうね。 ただ最低限のマナーとして、演奏中は他のお客さんの迷惑になるので曲間に 移動するとか、客席の後ろを移動するといった配慮をして下さい。 特にロック系のライブでは、演奏中むやみに防音扉を開けると近所迷惑です(^_^;)。

 ライブハウスではないところ、たとえばレストランや居酒屋などの場合、 会場の立場としては飲み食いして欲しいと思っていることがあります。そんな場所 なのにワンドリンク程度しか注文せず、長時間粘っているようなことも、ある意味 楽しみ方を知らないと言えるかと思います。

 一人がア・カペラで唄うと音数は1音です(ホーミーとか、細かいことは抜きにして)。 6弦のギターが同時に音を出せるのは6音(ハマリング・オンなど細かいことは抜きに して)、ピアノだと両手の指の数で10音(グリッサンドなど細かいことは抜きにして。 また、これら声や楽器の音色を決める倍音成分についての話も抜きにして)。 単純に考えると一人のギター弾き語りで7音、ピアノ弾き語りで11音の音を聴き分ける つもりで音楽を聴いてみるのも面白いものです。複数のボーカルがいる場合は それぞれの人の声を聴き分けるとか。さらにベース、ドラムなど、楽器が増えるに つれて、同時に発音される数は増えていきます。さらに歌ものであれば歌詞も聴いて います。こういった細かい点だけでなく、もちろんバランスやタイミングなど、 表面的な全体を包括した聴き方もしています。音楽って実は奥が深いものなのです。 それなのに、音数が少ないときに、音楽に関係のないお客さんのノイズなどが入ると 非常に気になるものです。このような聴き方をしている人がいることも理解して ください。

音楽への情熱

 高い交通費をかけてまで無料のイベントを見に行ったり、一日に何本もライブを 見たり…他の人が見ると馬鹿げていると思われるに違いありません。 しかし、本気で音楽をやりたいと思っているアーティストは自分の人生を 賭けています。しかも裕福な人はほとんどいません(^_^;)。 アーティストが自分の人生を賭けて一生懸命ステージを見せてくれるのに、 中途半端な気持ちであれこれ批評するのは卑怯というものです。

 だからこそ、私も自分の人生を賭けて精一杯応援するのです。 自分の夢への投資と言えるかもしれません。 もっとも、応援しているアーティストがブレイクしても、私はあまり 救われませんが(^_^;)。まして、私は「無名時代から応援していた」と威張りたい わけではありません。

 今の音楽業界の動向が気に入らないという人がいます。私もそうです。しかし、 そういう不満を言うくせに、実際にCDを買わずレンタルで済ませている人がいる ようです。レンタルによってどの程度アーティスト側に戻るのか、 あるいは売り上げチャートにどの程度影響するのか知りませんが、 「自分の好きなアーティストが売れないのはおかしい。自分は買わないけど、 自分以外の世間の人たちにCDを買ってもらおう」なんて、かなりズルイ発想ですよね。 あるいはファンだと公言していながら、近くでそのアーティストのライブがあっても、 行ってみようという意志すら見せないのも同様。応援の仕方は人それぞれですが、 アーティストを育てる応援の仕方をしてもらいたいです。勝手な要望ですけど。

ポリシーを持つ

 世間の流行はもちろん、友達が良いと言っているからといった理由で、 良いのではないかと思い込んで音楽を聴くのではなく、 自分の好きな音楽がどういうものか自覚して音楽を聴いて下さい。 ますます音楽が細分化されるとは思いますが、きっと気に入る音楽があるはずです。

 これは「他の人の意見を聞くな」ということではありません。そんな事を言ったら、 私のページそのものを否定することになりますから(^_^;)。 要は他の人の話を聞きつつ自分なりの判断を下せる、 そんな価値観を持って欲しいということです。音楽は嗜好品です。 好き嫌いの意見が対立することはよくある話です。 否定的なことを言われて腹を立てるのは大人げありません。

ライブの評価

 私のライブレポートは必ずしも良いことばかり書いてあるわけではありません。 時には辛辣な表現をしていることもあります。ライブをどのように感じるかは 人それぞれなので、同じライブに関してであっても、良かったと思う人もいれば 駄目だと思う人もいます。見る場所、周囲の環境、本人の精神状態、その人の ライブに対する経験などから、評価が違って当たり前だと思います。 また、お客さんの総合的な評価を書きたいわけではないので、ライブが終わった後に 周りの人に感想を聞いて、自分の考えを合わせるつもりもありません。

 アーティストによっては、酷いことが書いてあるとそれ以降DMが来なくなったり します(笑)。その程度で気分を害しているならば、もはや成長は望めないので 見ることもなくなるのでしょうけれど。もっと良くなると思うからこそ、 改善すべき点を示しているつもりですが、それを理解されない(アーティスト自身が 自分のセンスで良いと判断する)ことは問題ありません。その方が良いと思わせる 内容に仕上げれば良いのです。酷い内容に真っ向から不快感を示す人は、 アーティストではなく単なる“ナルシスト”か“へそ曲がり”なのかもしれません。

 音楽雑誌などのライブレポートは、良いところを中心にピックアップするとか、 駄目なところは書かないといったフィルタがかけられているのが普通です。 逆に言えば、音楽ライターさんはどんなものでも素晴らしい内容であったかのように 思わせる才能が必要なのです。しかし、本当のところはどうだったのかが 良くわかりません。だからこそ敢えて駄目な時は駄目と書ける勇気が必要だと 思っています。これはCD評などにも共通するところです。

 酷いライブを良かったと言うのは、その人の音楽的なセンスが疑われるだけです。 逆もまた真ですね。つまりは評価基準が違うので、そのような人とは なかなか話が合いません。

 ライブレポートには事実の羅列のような客観的な部分も必要だと思っていますし、 「それで結局どうだったのか?どう感じたのか」の回答も書いておくべきだと 思っています。自分なりの考えを持っていれば、もう少しは評価できそうです。 ライブを見ている時にも漠然とその場に存在していただけなら、ものを噛まずに 飲み込むのと同じです。ライブを味わうためには咀嚼しなければいけないのです。 その咀嚼のひとつとしてライブレポートが役立つのではないでしょうか。

 ライブの評価はCDの評価に比べると難しいと言えます。CDの場合は、何度も 聴き直して、歌詞カードを見て、隅々まで理解してからでも書くことができます。 しかしライブはそうはいきません。だからこそ面白いとも言えます。 評価の仕方が100点満点の何点とか、5段階評価の何だとか、その程度なら 小学生でもできるかも(^_^;)。かなり気合いを入れてライブを見れば、曲ごとに コメントできるくらいになりますよ。

CREATIVEでありたい

 無から有を生み出すためには、かなりのエネルギーを必要とします。 次から次へと湧き出る泉のごとく作品を発表されるアーティストもいますが、 大抵のアーティストは多大な労力を使っているのです。私自身も毎月 1曲ペース(自分へのノルマとしている)で曲を作っているのですが、 なかなか時間がとれないために苦労してます。

 人それぞれ自分の好みがあるので、聴いた時に嫌いな曲もあると思います。 でも作者の労力を考え、「この曲嫌い」と簡単に片付けてしまわずに、 自分だったらどのようにするか?を考えながら聴くと、それなりに楽しみ方も 変わってくるものです(もっとも、取り付く島もないレベルの楽曲もありますが)。

 音楽的なアプローチができない場合、たとえばライブのアンケート用紙に 書く感想に工夫を凝らしてみてはどうでしょう。小学生の日記じゃないのだから、 「良かった」「楽しかった」程度のものでは、アーティスト側もあまり参考には なりません。だいたい出来不出来はアーティストもわかっているものです。 だからこそ、感じたことをいかに的確に表現するかとか、いかに美しい文章で 表現するかとか、そういったことに努めると楽しみ方も変わってくると思います。 アーティストにとっても、お客さんのさまざまな観点が新たな作品の発想の きっかけになるかもしれません。

 単なる音楽の消費者としてではなく、聴く側も創造的な発想を心がけることで、 相乗的に音楽の質が向上していくものと信じています。

なぜ女性ボーカル中心なのか?

 このサイトで扱っているアーティストのほとんどが女性ボーカルで、 男性アーティストはごくわずかです。そのようになったのは 女性ボーカルの方が好きだからなのですが、私は単なる“女好き”ではない つもりです(^_^;)。

 一方、女性ボーカルが好きな人の中には、ルックス重視でアーティストを見ている 人がいます。「バックの○○さんがかわいい」とか、「色っぽい」とか…。 音楽的な部分は2の次で良いのでしょうから、そういうファンは モデルさんや女優さん方面を応援した方が良いのではないか、と思ってしまいます。 カメラ小僧はストレートなまでにルックス優先ですね。

 このような人たちがエスカレートすると、「マネージャーさんが…」とか 「あそこのお客さんが…」とか言い出し、さらには近くにいる一般の人に対しても 同じように接し始め、“ファン型ストーカー”と変化しかねません。 アイドル歌手などに抱く感情と同様のものを一般人に向けると、 一般的な恋愛すらできなくなります。

 音楽ファン・ライブが好きと称している割に、音楽がメインではない人も多く います。“美人”とか“かわいい”とか、そんなことばかり言っている人たち。 “ちやほやされたいだけのアーティスト気取りの人”と“ルックスや性格重視し、 音楽ファンのふりをした、周囲に相手にしてもらいたい人”の間で需要と供給の バランスが取れているのでしょう。基本的に音楽はどうでも良い。 そんな人たちが「俺は音楽が好き」とか「私はアーティストです」などと言っているの ですから、呆れてしまいます。

 カメラ小僧まではいかないものの、音楽そっちのけで撮影に夢中になっている人が 見受けられます。ずっとファインダーを見つめたままの人など、ファインダー越しに しか物事を見られない体質になってしまっているのかもしれません。あるいは、 ファインダーという盾(武器と言うべきか?)が無いと太刀打ちできないとか。 私も一時期はたくさん写真を撮っていました。 スタッフが記録を残していないと思われるときは代わりに撮影するつもりで、 失敗したものも含め全ての写真をアーティストサイドに送っていました。 でも、唄の魅力の方が勝るために、たいてい撮影する手が止まってしまっています。 どうがんばっても私はカメラマンにはなれそうもありません(笑)。 まして最近は、目を閉じて聴いていることもあります。

 私の場合はどんなに美人であっても音楽的なセンスが無ければアウトです。 近頃女性はどんどん綺麗になっているので、そうでもないと際限がありません。 では、女性ボーカルのどこが好きなのかというと、やはり声だと思っています。 女声の音域を出すのは私には不可能です。だからこそ憧れがあるのでしょう。 ある意味、変声期前の自分を思い出させるノスタルジーがあると言えます。 個人的には、女性ボーカルが「僕」を主人公に「学園もの」の曲を唄っていると、 かなりのケースで好みの楽曲のタイプに含まれます。 また、詩を書く女性からは、心理的な違いを勉強させてもらっています。 男性ボーカルだと、自分でも似たように唄えそうな気がしてしまいます。

対象としている音楽のジャンルの広さ

 ある人は、このページで扱っている(評価の高い)アーティストのジャンルが広いと 言います。レポートを読んで、ある程度雰囲気を予想して見に行ってみたら、思って いた感じと違っていて、「どこが良いのかわからない」という意見を聞くことがあり ます。その一方で、このページで扱っているアーティストのジャンルが狭いという人 もいます。男性アーティストに対する評価が低いとか、ごく一部のジャンルにしか興 味を示さないとか。

 前者に対しても後者に対しても「個人の趣味が完全に一致するわけではない」とい う答えを用意しています。反する2つの意見に対し同じ答えというのは奇異に感じる かもしれませんが、人それぞれ好きなジャンルの広さと深さが違うので、感じ方が違 うのも人それぞれだということを理解してもらいたいです。好きなジャンルの広さと 深さを単純に掛け算した値(容積といいましょうか)が、その人の音楽に対する許容量 と言えるのかもしれません。

 メディアから流れてくる音楽が全てではない、という前提は変わりません。従って、 このページで積極的に扱われているジャンルならば「一つの参考にして下さい」、 そうでない場合は「残念でした」ということになります。

ON LINE/OFF LINEの付き合い

 このテーマについては、誤解されてしまいそうな文章になるだろう、 ということを予め書いておきます。

 多くの人がコンピュータに触れることができるようになった今、コンピュータの 世界を新たな出会いの場として利用し、交友関係を広げようと思っている人も 少なくありません。音楽を共通の趣味として、アーティストのことや音楽のことを 話すのは楽しいものです。

 いろいろな人の音楽の趣向から新たな発見をしたり、趣味の合いそうな音楽を 薦めあったり、有意義なこともたくさんあります。

 しかし、私は群れるのが嫌いで、特に大人数になればなるほどその場から 逃れようとする傾向があります。せめて数人程度の中にいたいところです。 会場で知り合いと会うことはあっても、ライブに行くのは基本的に自分で決めて、 単独で行きます。知り合いと会っても、演奏が始まれば、隣にいてももちろん 話したりすることはありません。 なので、「OFF会だ!」とか言って、何かと理由を付けて集まる コンピュータネットワーク集団とは別行動になります。大学のコンパサークル みたいな目的で集まろうとする人たちとは、意見が分かれるところでしょうね。

 音楽やアーティストに興味はあっても、アーティストのファンまでは興味が無い というスタンスです。これは「友達なんかいらない、他の人はどうでもいい」と 言っているのではありません。“音楽を追い求める過程でいろいろな人と知り合う” ことと“いろいろな人と知り合うために音楽を利用している”こととの意識の差を 言っています。

影響力

 あまり感じたことは無いのですが、ある人に「影響力がある」と言われました。 さて、それはどうなんでしょう。ここを見ている人が気に入ったアーティストを 見つけたとしても、単なるきっかけにしかすぎないように思います。自分なりの 感性を持っている人ならば、実際に音楽を聴いての印象が全てに勝るでしょうから、 最後はアーティストの魅力なんですけどね。知り合いならば、好みに近いと思われる アーティストを薦めるようにしていますが。受け入れてもらえる理由のひとつには、 私の周りには素直な人が多い、ということが挙げられるかもしれません。

 しかし、中にはひねくれ者もいて、私の好きなアーティストを順番にトレース していっては(つまり、会場でよく見かける)、陰で否定的な意見を言って回って いる人もいるようです。間接的に知った(私が別の人に薦めて、その人から薦められた) 場合は、平然と気に入っていたりするから笑えます。先入観が全てで、評価の基準が 歪んでますね。私の好きなアーティストならば嫌いになるのであれば、わざわざ ここを見なければ良いのに。私にしてみればそんな人は、害にしかならない存在です。 そして言ってやりたい。「あんたには、この音楽の良さはわからないよ!」って。

 アーティストもきっと、私に来て欲しいと思う人と、着て欲しくないと思っている 人がいるでしょうね。事実「見えるところにいると緊張する」という人と、「いないと 不安だ」という人がいます。来て欲しくないなら、客を選べるだけの力をつけて もらわないといけないのがつらいところです。

 自分の周りを好きな音楽で満たしていたいと思っています。この考え方に不満が ある方は、ご自身も好きな音楽ではなく、カラオケでウケる最新ヒット曲でも聴いて いればいいのだし、アーティストも否定的なことを言われないように、アンケートを とったりするのは止めて、自己満足の音楽をやっていればいいのでしょう。自分の 好きな音楽を聴きたい人、より良いアーティストになりたい人には、ここは影響力が あると言えるのかもしれません。

#生き方としての悪影響(ライブに通い詰める、CDを買いあさる)はあるかも(^_^;)。

ファンがアーティストをダメにする!?

 濃いファンが新しいファンに対して悪いイメージを与え、アーティストを 潰してしまうことがよくあります。いつもライブに足を運び、CDを買って くれる熱心なファンは、アーティストにとってありがたい存在でしょうけれど、 周囲の人に対する配慮ができないファンがいると、新しいファンが付くことを 阻害します。異常な行動をしている人に対し、周囲は冷めた目で見ているものです。 同じ視線をアーティストにも向けて、アーティストに対するイメージとして 感じられてしまうと、アーティストにとって不幸です。 そのような状況を避けるために、ファンを統制しようとしてスタッフの対応が 厳しくなることもよくあります。どちらも気持ちの良いものではありません。

 私がよく実行することは、インストアライブなどで他のお客さんが遠巻きに 見ているような状況の場合、お客さんの位置を前に持っていくように少しずつ 前の方に詰めて“底上げ”のようなことをします。ある程度お客さんが集まると、 さりげなく後ろの方に下がります。濃いファンは、なるべくそのアーティストを 知らない人に良い環境を提供するべきと思っています。逆に言えば、私自身が 初めて見るアーティストの場合、なるべく良い環境で見たい。第一印象が 悪ければ、その後見たいと思う可能性が減るのは、私に限ったことではないでしょう。 基本的な考え方は、初心者優先、地元の人優先です。いつものファンが 集団となってステージの前の方を陣取り優越感に浸る、といったことは 望ましくありません。前の方を陣取るための努力は認めますが、遠征して いつも同じ顔ぶれが前の方を独占しているような光景は、失笑に値します。

 サイン会などでは、私の場合、他の人の迷惑にならないようにあっさりと終えるか、 最後まで待つか、次回にするかのいずれかです。人に頼まれたといった特殊な 事情でもない限り、何度も並び直したりすることはありません。

 また、アーティストがたくさんのお客さんを相手にしていることも理解できず、 一方的に過剰に親しいと錯覚して、アーティストとの距離感を間違えている人も います。常識的に考えて、お客さんがアーティストを見ている時間・考えている 時間と、アーティストがお客さんを見ている時間・考えている時間を考慮すれば、 アーティストと客の意識の違いなど容易にわかるはずです。それなのに、 「自分のことを憶えていて当然だ」とか「自分の気持ちをわかってくれている」とか 勝手に思い込んで、妙になれなれしい態度をとっている様子など異常そのもの。

 おまけ付きのお菓子を買って、おまけだけ手にしてお菓子を捨てる子供が いると聞きます。ライブ会場にも同じような奴らがいます。 演奏中は暇そうに知人と話したりうろうろしたりして音楽は聴かず、 終わるととたんに元気になって、アーティストに親しげに話しかけ、 写真を撮ったりして、いつまでもアーティストを拘束している、そんな奴らです。 奴らは明らかにファンではありません。

オープンスペースの音楽を聴かない人々

 オープンスペースでは無関係の人もたくさんいるので、イベント中であっても 雑音が入ってくるのはある程度仕方のないことです。オープンスペースは、 それまでそのアーティストのことを知らなかった人たちにアピールすることが目的とも 言えますから、いかに人の心を惹き付けるかがアーティストの腕の見せどころ。 この感覚はストリートライブに近いものがあります。

 人だかりができていると野次馬根性で寄ってくる人は確かにいますが、 聴く気もないのにステージ近くまで来て、関係ない話をしている人や携帯電話で 話したりしている人がいると「わざわざ音の大きなこの場所で話さなくても 良いだろうに」と思ってしまいます。「聴かないならどこかへ行け」って言いたい。 また、最近はデジカメや携帯電話のカメラで撮影して行く人も多いですね。 有名人かも(将来有名になるかも)しれないから撮っておこう、とか。 相変わらず肖像権への意識の低さには呆れてしまいます。撮影目的でやってくる人は もちろんですが、たくさんの携帯電話がステージに向けられている光景… 音楽を聴いていない人が多すぎるとがっかりしますね。撮影している人は 「撮影禁止のアナウンスを聞いていなかった(アナウンスがなかった)」 と言い逃れようとするでしょうけど、同じ考えだと彼らは 「値札の付いていない物はタダ」だとでも思っているんでしょうね。 さらに同じ考えをするなら、そんな人がいる場所では置き引きに遇わないように 持ち物には全て「勝手に持っていかないでください」と見えるところに書いて おかないといけないことになります。

ストリートライブの功罪

「無許可のストリートライブは道路交通法違反…」といった話をしたい わけではありません。

 ライブハウスなどのように音楽を“それなりの”環境で聴ける場所と、 ストリートライブのように通りすがりでも“それなりの”音楽を聴ける場所の 関係は、たとえるならば高級レストランと屋台の違いのようなものになるのでは ないでしょうか。「アーティスト」が「料理人」なら「楽曲」が「料理」 そのものであり、「音」が「味」と言えるでしょう。たとえば、 自分は高級レストランに行ったつもりなのに、マナーもなにも知らない 次のような客がいると迷惑します。
  1. 他人の料理に異物を投げ込む(食べられなくなる)。
  2. 他人の料理に無断で調味料を加える(場合によっては食べられない)。
  3. 異臭がする(匂いが損なわれる)。
これらのことはライブハウスなどでは次のような行動に置き換えられると 思います。
  1. 演奏も聴かずに大声で話している。
  2. すぐそばで歌ったり、意味なく声を上げたりする。 他には携帯電話の着信音とか。
  3. うろうろ動き回ったりフラッシュで写真撮影したりする。
他にもいろいろと比較できると思います。

 屋台には高級店の敷居の高さがなかったり、安いかもしれないし、 いろいろと良い点もあるかとは思いますが、屋台の感覚を高級店に 持ち込むような客は、大抵が迷惑な存在です。 周囲の空気を読めずに、進行を邪魔するような言動をするヤツとか、 一人で聴いているかのように騒ぎまわるヤツとか。挙句の果てには 「ストリートライブでは写真撮影禁止とは言わないのに(許可されたわけでは ないことに気付いていない)、ライブハウスで撮影禁止なのはおかしい」 などと、馬鹿なことを言い出すヤツもいます(「普段はタダで唄って くれているじゃないか」というようなヤツは、金を払ってまで見に来ない)。 さらに自分のことは棚に上げて、「フラッシュは迷惑だから俺は使っていない。 シャッター音は小さい。」と悠然と構えていたりします。私にしてみれば、 上に書いたようなレストランの客と同等なのに。 そのくせ、そういうヤツに限って「音楽が好き」などど、わかったような ことを言ったりします。味もわからないのにグルメを気取るわけですね。

 一方、アーティスト側を考えてみると、そもそも味のわからない人が 見様見真似で屋台をやってもダメだし、そんな人がスタッフにいるようだと、 アーティストが逆に資質を疑われます。 演奏中に客の迷惑も顧みず平気で話しているような、音にこだわりのない 人たちが作る音楽って期待できると思いますか。

 また、それまで高級店で活動していたけれど、大衆店として薄利多売に 方針転換することがあります。その代償として環境が悪くなったり、 質が落ちたりするかもしれません。それまでの高級店のときと変わらない 内容を期待していた客は失望するでしょう。まして、他の客が上に 書いたような状況だったりすると特に。 そして常連だった客は「安売りしちゃったねぇ」と失望するわけです。

聴かない客や他の出演者

 さらに何度も同じことを書いてしまいますが、対バン形式のライブで自分の目当て ではない出演者の時に平気で喋っている客や出演者、ものすごく気になります。 もしかすると自分が神経質すぎるのか?と思ったこともありました。

 音楽は音です。喋る声も音です。

 音を聴いているのに聴きたくない音が混じるのはなかなか避けにくいものです。 ライブハウスで音楽の邪魔をするような人は、上に書いたレストランの例で 示すならば、つばを飛ばして喋ったり、動物を連れ込んだり、食器に煙草の灰を 落としたり、わざわざ目の前で吐いたり、すぐ近くで赤ん坊のオムツを替えたり、 それくらい非常識なことだと思います。そういうことが気にならないほど、 彼らのように無神経にはなれそうもありません。
 ライブハウスで演奏中に無関係な話をするような人は、喫茶店とか居酒屋とか、 もっとふさわしい別の場所がありますので、そちらへ行ってください。この意味が わからないような小学校低学年以下レベルの人には音楽はわかりませんから、 ライブハウスに来てはいけません。
 そんなことをするのが出演者やスタッフだった場合、彼らの作る音源のレベルも 推して知ることができます。ノイズが入っていても関係ない笑い声が入っていても 気にならないでしょうから。取り直しのできる録音物は丁寧に作って、もう二度と 再現できない生の演奏は雑でも良いと思っているんでしょうか。録音物を売ろうと しか考えていない商業主義者に音楽の意味なんてわからないでしょうから、 平気で他の人が聴いている音楽の邪魔をできる、としか思えません。

アーティストの皆さんへ

  • ライブは一発勝負
  • CDと違ってライブは1度しか聴けません。初めて見るお客さんがどれだけの 判断能力を持っているかはわからないにしても、 その瞬間のライブが最初で最後のチャンスだと思って演奏してください。 ライブですから多少ミスしてしまうこともあるかと思います。 しかし、それに勝る魅力を発揮できればOKなのです。
  • ライブは仲間内での発表会ではない
  • いつも友達しか見に来ない、知り合いしかいない、そんなライブはいずれ破綻します。 私は「よく友達から金取れるな」と感心しますが(笑)、 そんなことを続けていると友達も無くします。 見ず知らずの人にも共感してもらえるライブをして下さい。
  • 音楽は楽しむもの
  • 演奏している側がつまらなそうにしていると、見ている方も楽しめません。 つまらない内容のライブを見てしまったときなど、「ライブチャージと時間を返せ」 と言いたくなります。
  • 「とりあえず音楽でも」はやめてほしい
  • 金儲けしたいとか、モテたいとか、有名になりたいとか、そんな理由で 「とりあえず音楽でもやってみようか」と思っているのでしたら、 辞めた方が良いと思います。客は踏み台でもカモでもありません。 私は、「自分には音楽しかない」と必死に音楽にしがみついている 人たちと一緒に、同じ夢をみたいと思っています。
  • 音楽の情報量
  • 自分の思いを他の人に伝える手段はいくつかあります。動画映像、静止画像、 音楽、活字など。情報量が多いほど、受け手側の想像する余地は減ってくるものです。 想像する余地が減るということは、共通したイメージを作りやすいということに なります。テレビや映画といったメディアは、思想を統一することが容易で、 大きな影響力を持ちます。一方、俳句のように17文字で季節感までも表現する場合は、 さまざまな世界を想像させます。 音楽において思いを伝える場合の情報量は、メロディー、歌詞、アレンジ、 声(唄い方)、演奏方法などが要素となります。つまり、これらが工夫する余地で あると言えます。1つの楽曲を通して、これらのバランスが悪い、同じ思いを伝えて いないと、違和感になるわけです。
  • いかにして聴いてもらうか
  • 対バンライブなどの場合は特に、ステージに興味を示さず、ずっと話をしている お客さんがいることもあります。 また、客席の後ろの方から見ていると(ステージからもわかるかもしれませんが)、 ステージの内容が今一つだと客席がザワザワしたり、寝ている人がいたり、 煙草を吸い出す人が出てきたりします(演奏中に煙があちこちからあがると、 皆が飽きているとはっきりわかりますね…私の偏見でしょうか?)。 お客さんのマナーが悪いことは確かですが、そういう時こそチャンスと思って、 いかにそのお客さんに聴かせるかを考えることが大切です。これはストリートライブで 通り掛かりの人の足を止めることに似ています。もちろん、誰にでもウケる必要は 無いと思いますが、興味の無かった人にも聴かせる努力をしなければ、お客さんは なかなか増えません。
    お客さんが聴いてくれない状況は、アーティストの力の無さも一因であることを 自覚した方が良いです。
  • アーティストの理想像
  • 「お客さんが何人集まればチャージバックがいくら」とか「CDが何枚売れれば印税がいくら」とか、 「この番組の視聴率は平均何%だから何万人にアピールできる」とか、 ヒットチャートで何位になった、というような評価の仕方も同様で、音楽を定量的 にしか評価できないのは悲しいことです。 そういうことは事務所の人やレコード会社の人に任せるべきでしょう。 マネージメントをする人がいないアーティストは、ある程度は自分でやらなければ いけないとは思いますが、こういった内容を第一に考えるようになっては、もはや アーティストとは言わないと思います。 「そんなのはきれいごと」と一笑されるかもしれませんが、 政治家に対して政治屋という言葉があるように、音楽の本質を見失った時点で、 芸術家ではなく芸術屋と呼ばれても仕方がないでしょう。 本人だけでなく、スタッフが多く関わるようになると、その人たちの生活もあるので、 “売れる音楽”を目指さなければいけない状況になるのが一般的ですが、 「自分の音楽で儲けたい人は勝手にやってくれ。自分は、生活できるだけの金があって、 音楽を聴いてくれる人がいるだけでいい」と言い切れるアーティストって、なかなか いないと思います。まぁ、きれいごとなんでしょうね。
  • 象牙の塔
  • アーティストである以前に、現実を無視するわけにはいかないのも仕方の ないところです。本格的に芸術を極めると、いわゆる“象牙の塔”に入ることに なってしまいかねません。音楽を作るところから鑑賞するところまですべて個人で 完結せずに、商業ベースで音楽を続ける以上は世間とのつながりを持ち続け なければいけません。アーティストは芸術を目的とするか手段とするかによって、 どちらの傾向が強いか位置づけがはっきりしてきますが、重要なのはそのバランス です。バランスが崩れると、安っぽい音楽になったり誰も理解できない音楽に なったりします。
  • 心の共鳴
  • 音は伝播する振動に共鳴することで感じ取ることができます。アンプで振動を 大きくすれば、より遠く、たくさんの人に聴いてもらうことができます。音を 電波にのせれば、さらに遠く、たくさんの人に聴いてもらうことができます。 音を記録すれば、時間を越えてたくさんの人に聴いてもらうことができます。
    しかし、耳や体に伝わる振動が心に伝わるとは限りません。聴いている人の心を 共鳴させるためには、聴かせる側の心が振動しないといけないのです。 アーティストの心の振動が聴く人の心に伝わる、そこに心の共鳴があるのです。 心の振動はアーティストから勝手に伝わるものではない場合がほとんどです。 聴いている人の心が自鳴している状態は、共鳴している状態とは違います。 アーティストは心身すべてを使って、聴く人の心を振るわせる努力をしなければ 伝わらないものなのです。まして「共鳴しないのは聴く側に能力がないから」と 言うのは“逃げ”です。もちろん効率の問題があるので、共鳴しにくい人に エネルギーを注ぎ続けることが良いかどうかは別ですが、心を共鳴させるための 努力をしないアーティストは、声を出して曲に歌詞を乗せているだけにすぎません。
  • 音楽のわからない音楽関係者
  • アーティスト、スタッフを含む音楽関係者の中には、ライブ中に全然音楽を 聴いていない人がいたりします。刻々とステージの様子に対して話し合っている 関係者もいれば、世間話をしている関係者もいます。ライブ会場で音楽を聴かずに 話している関係者を信じてはいけません。自ら「聴く価値の無い音楽」と態度で 示しているようなものです。“道を知らないタクシー運転手”、 “タバコを吸う料理人”(私の偏見でしょうか?)などと同様、プロとは言えない 素人並の存在です。どうしてもその瞬間に話したいのであれば、ホールの外へ行くのが マナー。 同様に、対バンの音楽を聴かずにホール内で自分の客などと話しているアーティストは 音楽の本質をわかっていない、つまり素質がないと判断されていると思ってください。 素人の客ならまだしも、音を聴くマナーがない人はアーティストではありませんので、 仲間内でカラオケにでも行っていてください。
  • 音楽を通して何をやりたいのか
  • 音楽を志す人は世の中に続々と現れてきますが、その目的は何でしょう。 「印税収入で楽して暮したい。一攫千金を狙いたい」という人がいます。 アーティストにも生活があるので、音楽を通して収入が得られること自体は 悪くはないと思いますが、音楽の世界は不安定であり、そうそう儲かる 仕事ではありません。 「有名になりたい。ちやほやされたい。モテたい」という人も多いような 気がしますね。 このような考え方の人たちもまた、音楽以外の道を模索した方が良いかと思います。 音楽以外の部分を磨いた方が手っ取り早いはずですから。 また、「好きだから」というだけでは趣味で活動することと変わりがありません。 もちろん趣味で活動すること自体は全く問題ありません。
     長年活動している人の中には、ある種の安定状態に入ってしまって、 自己完結・自己満足してしまっている人がいます。完結しているレベルが 客に受け入れられるものであれば満足できるのですが、そうでないレベルだと 「一体何をやりたいんだろう。これからどうするんだろう」という思いしか 浮かばなくなってしまいます。“惰性”による活動は、一般的に受け入れられ にくいものです。

     スタッフやメジャーレーベルのアーティストは“CDを売ること”が目標に なるかと思います。
    1. 楽曲制作
    2. レコーディング
    3. 宣伝(各種メディア出演)
    4. CD販売
    5. ライブ
    というルーチン。 「ライブを楽しむためにはCDを聴き込んでおいて欲しい」ということであり、 CDの発表会のようになりがちです。よって、世間一般の人は「聴いたことがある曲を 唄ってくれると盛り上がれる」という意識になります。
    ライブ活動を中心にしているアーティストの場合は、“ライブ会場に足を運んで もらうこと”が目標となっているかと思います。
    1. 楽曲制作
    2. ライブ
    3. レコーディング
    4. CD販売
     ライブを通して曲が成熟していくことがあり、その結果がレコーディングに 反映されていきます。「ライブ以外でも曲を聴きたいならCDを買って欲しい」 ということであり、「CDに入っている曲は知っている曲ばかり」ということも あり得る話です。

     どちらが良い悪いということではなく、音楽を通してやりたいことを活動の どこに位置づけるかが重要です。前者のタイプのアーティストは、もっと ライブで未発表曲を唄っても良いと思うし、後者のタイプのアーティストは CDをどんどんリテイクしていっても良いと思っています。

ライブハウスに望むこと

  • トータルで満足してもらう
  •  ライブハウスのスタッフの中には、動員数などの経営的なことしか意識に無くて、 良いライブを見せようという気持ちが感じられない人がいるようです。きっとそんな 人は良いライブというものを見たことが無いんでしょうね。良いライブハウスを 説明するために、素人スタッフにもわかるような例を挙げましょう。ライブハウスを 観光ホテルと思って下さい。ライブの出演者が食材とするならば、音響さん、 照明さんは料理人といったところ。食材を調達するのがブッキング担当者になり ますね。変な組み合わせの食材を用意すると、変な料理になって、部分的にしか 食べてもらえない。もちろん料理する人の技術も重要です。この例に当てはめると、 外観、内装、料金、従業員の態度などの共通点もあると思います。宿泊客によって 価値観が違うので、特に気にならない項目だってあるかと思います。でも、旅行で 観光ホテルに泊まった感想は、全体で満足しないと不満だけが伝わっていくものです。 ライブハウスの方々には、トータルでお客さんを満足させられるような空間を 作り出していってください。
  • ブッキングの仕方
  • お客さんの入れ替わりが激しいライブというのは、ブッキングミスのケースが 多々あると言えます(少なくともアーティストやお客さんには全く嬉しくありません)。 同じ傾向のアーティストを集めれば、全体的な統一感が得られて、比較的 受け入れやすい場合が多いのですが、お客さんによっては途中で飽きてしまう 可能性もあります。その辺のバランスが腕の見せどころでしょうか。


つづく…(次回更新未定)
2005/12/24

SAIL Music Laboratory
かみと,1998-2005